田山萌絵(たやまもえ)
(旧姓:佐々木萌絵)

宮城県仙台市生まれ、千葉県市川市育ち。

東京藝術大学卒業。
同大学院修士課程修了。
学部在学中に、平成18年度文化庁派遣在外研修生として
ウィーン国立音楽大学留学。

全日本学生音楽コンクール中学校の部全国大会第1位、
同コンクール高校の部東京大会第1位、
びわ湖国際フルートコンクール高校生部門第1位、
同コンクール一般部門入選、
市川新人演奏家コンクール最優秀賞を受賞。
元茨城県立水戸第三高等学校音楽科非常勤講師

フルートを故三上明子氏、
故ウォルフガング・シュルツ氏、寺本義明氏、
フラウト・トラヴェルソを前田りり子氏に師事。
また、京都フランス音楽アカデミー
草津夏期国際音楽アカデミーを始め
国内外の先生方のマスタークラスを受け、研鑽を積む。

現在、モダンフルートで、プロオーケストラでの客演、
室内楽、ソロなど、幅広く演奏活動を行う。
また、フラウト・トラヴェルソでの経験を活かし
「バロック音楽の楽曲分析」のレッスンも行う。
フルート教室「音楽の庭」を主宰。後進の指導にあたる。
西東京市のママフルート奏者、青沼愛さんと、
フルートデュオ「aimonet(アイモネ)」として、活動中。

生徒経歴
東京芸術大学入学
jba主催ソロコンテスト 県大会第一位受賞

もえ先生の詳しいプロフィール

■ フルートとの出会い ― 小さな吹奏楽部の花形楽器が、人生を変えた
■ 芸高受験の失敗が、「覚悟」の始まりだった
■ 高校時代 ― 孤独と努力のなかで見つけた「自分の信念」
■ 大学・留学期 ― 世界基準の音楽に触れた日々
■ コンクール挑戦と指導のはじまり
■ 出産・子育てと新しい音楽活動
■ 本気で音楽家を目指すあなたへ
■小さな音楽家を支えてくださる保護者の方へ

田山萌絵(旧姓 佐々木萌絵)

フルート奏者・講師

はじめまして。フルート奏者・講師の田山萌絵です。

私はこれまで、フルート一筋で人生を歩んできました。音楽大学入学や留学、コンクール挑戦、そして指導や演奏活動。楽しい瞬間ばかりではなく、悔しさや葛藤の積み重ねの全てが、今の私の大切な土台になっています。

ここでは、これから音楽を本気で志すみなさんに向けて、少しでも参考になればと想い、私の歩みを少しだけお話しします(^^)/

■ フルートとの出会い ― 小さな吹奏楽部の花形楽器が、人生を変えた

1980年代のねずみ年生まれ。宮城県仙台市で生まれ、千葉県市川市で育ちました。母が自宅でピアノを教えていたので、幼い頃から音楽は生活の一部、というか、ピアノが遊び道具で遊び場でした。ピアノの下に秘密基地や、おままごとのお部屋を作って遊んだり、今でいう知育の一環で、母が鍵盤に色のシールを貼り、それに対応する色の音符で書かれた楽譜も、母が用意してくれて、それらを使ってピアノを弾いて遊んでいました。

フルートとの出会いは、小学校の吹奏楽部です。3年生の音楽の授業でリコーダーが始まった途端、登下校も吹きながら歩くほど夢中になり、4年生の春に、迷いなく吹奏楽部へ入部。フルートは競争率が高かったのですが、家にあった母のお古の楽器を使って春休み中に猛練習し、入部の段階で音階が吹けていたので、無事にフルートパートに入ることができました\(^o^)/

毎年、夏~秋にかけて、全国で吹奏楽コンクールが行われます。小学校6年の夏、外山雄三作曲《管弦楽のためのラプソディー》の3分の1を占めるフルートの大ソロを任され、所属していた吹奏楽部が、初めて全国大会へ駒を進めました。ステージで浴びたライトの輝きと、お客様からかけていただいた「フルートのソロ、素敵だったよ!」という声を、今でも覚えています。「フルートで生きていきたい」と心に決めた瞬間でした。

■ 芸高受験の失敗が、「覚悟」の始まりだった

小学校6年の秋から、当時東京芸術大学フルート科の講師をされていた、三上明子先生のもとで、本格的に音楽の勉強を始めました。三上先生のお宅に初めて伺った日、私の直後にレッスンにいらしていた高校生のお兄さん(学生音コンの全国大会直前だった)の演奏を聴いて、それまで「私が一番上手!」と調子に乗っていた私は衝撃を受け、井の中の蛙だったことに気が付き「もっともっと上手になってやる!」と、さらに鼻息荒く帰ったのでした(笑)

中学校でも吹奏楽部に入部しました。レッスンに通うことを推奨して下さる理解のある顧問のおかげで、部活中の個人練習の時間に、個人レッスンに持っていく曲を練習させていただき、部活動と個人の活動を両立させることができました。

中学2年の時に、全日本学生音楽コンクール(学生音コン)にて、中学校の部全国大会1位を受賞。

その勢いで、東京芸術大学附属高校(芸校)の受験に臨んだものの、、、本番で緊張しすぎて実力を出せず、第一次試験で不合格という、悔しい結果に終わりました。。。(T_T)

(芸高の入試は、一次・二次に演奏実技試験、三次で筆記試験があります。)

極度の緊張の原因は、中学3年の一年間、本番がほとんど無かったことでした。(受験での演奏は、後日、当時の芸大の教授にお会いした際に、「あのときは君だってわからなかったよ!」と言われたほどの、ひどい演奏でした。)
この経験のおかげで、その後の受験やコンクール、大事な演奏会の前は、人前で吹く機会を持つことを意識できるようになりました。

合格発表を見た帰り道に、理科と社会の参考書を買って帰り、自宅から一番近い公立高校(自転車で片道10分)を受験するために、楽器を封印して1か月猛勉強。希望通り千葉県立国府台高等学校に入学することができました。

音楽暦として見ると「芸高に落ちた」という悲しい結果でしたが、その経験のおかげで、高校時代の3年間は「打倒芸高生!!!╰(°ㅂ°)╯(炎)」という反骨精神で(笑)、帰宅部でしっかりフルートの練習に専念いたしました。

■ 高校時代 ― 孤独と努力のなかで見つけた「自分の信念」

高校1年生の秋、フルートでは、学生音コンの高校部門・東京大会で2位を受賞したものの、高校のクラスの人間関係はうまくいかず、クラスの女子全員から口をきいてもらえないという日々も経験しました。(._.)

それでもフルートを諦めたいと思ったことは一度もありません。

「いま一番大切にすべきものは何か」

「私は何を目指しているのか」

そう自分に問い続け、音楽を選び続けてきた経験は、今振り返ると私の大きな財産です。

(ただ、今の私が、あの頃に戻ったなら、もう少しうまく人間関係を築く方法もあったんじゃないかと思います(笑))

そして、フルートがあったから、辛かった日々に耐えられた、とも思います。

フルートは、自分の自己実現の道具でもあり、心の支えでもあったのです。

高校二年生の春に、フルートコンクールびわ湖・高校部門(現びわ湖フルート国際コンクール・アドバンス部門)第1位、秋には学生音コン東京大会第1位を受賞し、全国大会に出場しました。(当時は、地区大会につき1位受賞者だけが全国大会に進み、全国では1位のみが発表されました)

実は、全国大会の直前に修学旅行がありました。当然、フルートの先生たちからは難色を示されましたが、どうしても修学旅行に行きたかった私は、修学旅行にフルートを持参しました。夜の自由時間に、ホテルの宴会場をお借りして練習していたら、ホテルのスタッフの方に、ロビーで1曲吹いてほしいと頼まれ、同級生たちに演奏を聞いてもらったのはいい思い出です。

しかし、全国大会当日、人生初の「生理でお腹が痛くて、思うように息が吹けない」という状況に…。悔しくはありましたが、結果発表のときも、お腹が痛くてそれどころじゃなくて(T T )。。。1位になれなかった悲しさよりも、「これからも本番で、こういうことがあるかもしれない」ことに対する不安の方が大きかったです。でも、この経験がきっかけで、生理だけでなく、風邪などの体調との付き合い方を考えるようになりました。

芸高受験の失敗を大学受験で繰り返さないために、高校3年生の時には、人生初のリサイタルを開催しました。といっても、知り合いに聞いていただく、小さな会でしたが^^それでも30名ほどの方々が、私の演奏を聴きに来てくださるという経験は、私に演奏家としての自覚と、自信を与えてくれました。当時のお客様、そして会を開くのに尽力してくれた両親に感謝です。

それに加えて、それまでは、一回の本番で多くても2曲、長くても15分ほどしか演奏していなかったのに、1度に1時間以上のプログラムを抱えて練習する、そしてそれを吹ききる経験は、演奏家としてのキャパシティを広げるための、とても大きな体験でした。

演奏の機会を増やすと同時に、学びの機会も増やしていきました。三上先生に紹介していただいた外国人の先生方の、プライベートレッスンを受けたり、高校3年生の春には、京都フランス音楽アカデミーという10日ほど泊りがけで、3日に1回、全部で4回ほどレッスンを受けられるマスタークラスに参加しました。

初めて外国人のレッスンを受けたのは、中学1年生の時で、ウィーンフィルの首席奏者だった、ヴォルフガンク・シュルツ先生でした。が!なんと当時の私は、先生のことを存じ上げず、「なんだかすごくフルートが上手なおじさんだなぁ!」と思っていたら、翌年のウィーンフィルのニューイヤーコンサートで吹いてらして「本当にすごい人だったんだ!」と、とぼけた発言をして、家族に笑いを提供したことを覚えています(笑)

■ 大学・留学期 ― 世界基準の音楽に触れた日々

努力の甲斐あって、2003年、東京芸術大学に無事入学。学部1年生では、小学校から受験まで、ずっとお世話になっていた三上明子先生に、2年生では浅生典子先生に師事しました。

大学2年生の夏に、草津音楽アカデミーという2週間のマスタークラスに参加し、シュルツ先生のレッスンを長期で受け、その場で留学を決意。

大学3年と4年に当たる2年間、芸大を休学し、有難いことに文化庁の在外派遣研究生(現 新進芸術家海外研修制度)として、シュルツ先生がいらっしゃる、ウィーン国立芸術大学へ留学しました。

中学1年生から毎年のように、単発のプライベートレッスンや、セミナーなどでシュルツ先生のレッスンを受けていて、「留学するなら、ウィーンのシュルツ先生のところ!」と思い続けていたので、念願かなってウィーンで学べることになったときは、本当に嬉しかったです\(^o^)/

ウィーンは「音楽の都」。世界中から、一流の音楽家が集まる、夢のような街でした。

レッスンを受けられただけでなく、学生料金(ワンコイン)で毎日のように世界最高峰の演奏を聴けた環境は、私の価値観を大きく広げました。

帰国後は芸大の3年生に復学し、大学院に進みました。大学3年生で元N響首席の故中野富雄先生、4年生から大学院2年生まで元都響首席の寺本義明先生に師事しました。

専科でフルートを学ぶのと並行して、大学3年から修士2年までの4年間、副科の授業で、フルートの古楽器「フラウト・トラヴェルソ」を前田りり子先生に師事しました。副科とは名ばかりで、毎週必ずレッスンがあり、専科と同じぐらい濃いレッスンを受けました。芸大の古楽科には、専攻で「フラウト・トラヴェルソ科」がないので、副科でも本気で学んでいた私は、ヴァイオリンやチェンバロの専攻生と一緒に、室内楽の授業に参加させていただき、学内の演奏会ではヴィヴァルディ作曲のフルート協奏曲「ごしきひわ」、バッハ作曲の「ブランデンブルグ協奏曲第五番」などのソリストを演奏する機会に恵まれました。また学外でも、バッハ作曲のマタイ受難曲、ヨハネ受難曲などを、バロックオーケストラで演奏する公演に出演するなど、貴重な経験をたくさんさせていただきました。

バロック作品を当時の楽器で演奏した経験は、今の演奏と指導の基礎を大きく支えています。

■ コンクール挑戦と指導のはじまり

大学在学中から卒業後も、多くのコンクールに挑戦しました。

高校生までのような、思い通りの結果が出ない厳しさを感じながらも、びわ湖フルート国際コンクール一般部門入選、市川新人演奏家コンクール最優秀賞を受賞することができました。

また、セミナーや、プライベートレッスンなどで、国内外の10人以上の先生のレッスンを受け、その何倍ものレッスンを聴講し、研鑽をつみました。

特に、長期のセミナーでは、朝から晩まで、自分がレッスンを受ける、もしくは他の受講生のレッスンを聴講する環境に、数日続けて身を置くことができます。なので、その先生の考え方、歌い方、演奏の仕方などを、より濃く受け取ることができて、どの先生からもたくさんの気付きをいただきました。そして、同じ音楽を志す仲間との時間が、音楽を楽しむ心も育んでくれました。

これらの経験から、同じ音楽を目指していても、アプローチの仕方が違うこともあるし、同じ曲でも、人によって歌い方が全然違って、そのどれもが素敵だということを、肌で感じることができました。それは今、レッスンをするときに大切にしている、「この人にとって、どの方法が最適で、どんな音楽が一番魅力的になるだろうか」という意識に繋がっています。

卒業後は、演奏活動と並行して、音楽教室講師や水戸第三高校音楽科フルート講師として指導を開始しました。担当した生徒の中には、芸大合格、フランス留学を果たした方もいらっしゃいます。

■ 出産・子育てと新しい音楽活動

2015年に結婚して、田山萌絵として活動を始めました。2017年に、卵巣嚢腫が発覚し、手術、不妊治療を経て、2018年に出産し、男の子のお母さんになりました。

2019年春、初めて息子を連れて行った生演奏コンサートで、息子の笑顔に感動し、終演後そのまま受付で、演奏者として入会申込みをしました。1歳になったばかりの息子をおんぶしたまま、オーディションに参加して、「0才からの音楽会」ムジカベベ 東京支部の会員に。2023年まで所属して活動していました。

0才から楽しめる、そして育児真っ最中のご家族の癒し空間になるようなコンサートを目指して、演奏会の企画・運営・出演を行っている、素敵な団体です。

現在、東京都西東京市在住。
国内のプロオーケストラに客演、室内楽やソロで演奏活動をしています。
同じ西東京市在住のフルーティスト、青沼愛さんとのフルートデュオ「aimonet(アイモネ)」として、活動中。
自宅にて、フルート教室「音楽の庭」を開室。
音楽高校・大学受験生大募集中!

音楽大学・音大付属高校の受験生へのレッスンに力を入れており、バロック音楽の楽曲分析レッスンも受け付けています。

■ 本気で音楽家を目指すあなたへ

「音楽の庭」では、フルートを吹くことが上手になること、音楽がより深くなることはもちろんですが、もう一つ大切にしている目標があります。それは、

「音楽を通じて、人生を豊かにすること」です。

音楽大学・音楽高校を目指し、その先の「音楽で生きていく」という夢を叶えるには、ただ「上手くなる」以外のことも重要です。音楽人生は、大学に入ることがゴールではありません。社会に出たあともフルートと共に人生を歩むための通過点にすぎないのです。

フルートを吹く時間が、人生を豊かにするうえで大切な、「大好きなことに没頭する時間」であれば、自然と練習時間も増えます。そして、「大好きなことを心から楽しんでいる」ことで、演奏会でお客様に感動をお届けできるでしょう。

「楽器に熱中する時間」があれば、心が満たされて、他の時間も頑張れる、そんな循環がある幸せな人生を、フルートと共に歩める人が、1人でも増えたらいいなぁと願っています。

私は、みなさんの、心の内側にある「音楽が大好き」な気持ちを、信じています。そして、それを全力で、応援し、励まし、支え続けたいと思っています。

・コンクールや受験で確実に実力を発揮したい人

・本気でプロを目指す人

・人を笑顔にする音楽を届けたいと思っている人

・フルートで人生を豊かにしたいと思っている人

ぜひ、私と一緒に、音楽の世界を楽しみましょう!そして、豊かで笑顔溢れる人生を送りましょう!

■小さな音楽家を支えてくださる保護者の方へ

私は、学生時代の友人たち、生徒さんたち、そして自分の両親が、子どもに関わる様子をみてきて、「人生を謳歌できる人になるには、親の関わり方が重要だ」と考えています。

私自身も親の立場になりました。これをお読みくださっている皆様は、子育ての先輩でいらっしゃると思いますが、みなさんもお子さんに対する、将来への不安、現在の心配事、たくさんの想いを抱えながら子育てをしているのではないでしょうか。

その不安も心配も、「子どもを愛するからこそ」の気持ちだと思います。しかしその不安な気持ちをお子様に直接見せてしまうご家庭が多いことも、様々な事例を見聞きしたり、体験して知っております。

私は、自分自身のトラウマや、考え方の癖に、長年悩まされてきました。それが子育てを始めてより顕著になり、生きづらさが強くなりました。それを乗り越えるため、ここ数年かけて、コーチングやマインドフルネスのセッションを受け、心を整えてきました。そして、心理学、脳科学、発達心理学、行動認知学などを学び、それをレッスンに活かしています。

特に、受験を考えていらっしゃるご家庭の親御様には、楽しみなことが増えると同時に、心配事も増えていくかと思います。受験生の立場、そして親の立場の両方を知る私だからこそ、お伝えできることがあるかと思います。親御様の心配事、おうちでのお子様の様子のお困りごとなど、ぜひ遠慮なくご相談して、頼ってくださいませ。

生徒様も、ご家族も、みんなが笑顔で音楽を楽しめたら、こんなに嬉しいことはありません。

ご家庭と二人三脚で、生徒様の受験を支えていくために、ご協力いただければ幸いです。

田山萌絵

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2019年、ムジカべべのリハーサル中、当時1歳の息子をおんぶしながら。